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企業の「パラダイス鎖国」と2枚目の名刺のススメ


 「パラダイス鎖国」というキーワードを使って、変革が必要なのに変わろうとしない地域の閉鎖性と、その活性化について述べてきたが、これは地域だけの問題だろうか。「まるで自分の会社のようです」というメールがいくつか届いた。インターネットが登場し、ウェブサービスが進化したことで、人は場所や組織を超えてつながり始めている。これは、地域だけでなく、企業や行政、大学といった組織やコミュニティーの構造そのものも変えつつある。(ガ島流ネット社会学)



■居場所をなくした企業の「ばかもの」

 イノベーションをもたらす「よそもの・わかもの・ばかもの」を排除する力が働くのは企業でも同じだ。近年では変わりつつあるが、日本の企業は安定した雇用が特徴で、米国のようなドラスティックなリストラを行ってこなかった。

 バブル崩壊後に、新規採用を絞り込むことで人件費を抑えるという手段をとったことで、まず「わかもの」が減った。その後、中高年のリストラも行われ、余裕がなくなり「ばかもの」も減った。何より痛かったのが、成果主義の安易な導入だった。

 日本における成果主義は、給与の総額抑制という側面が強いうえ、そもそもマネジメントが右肩上がり時代のままで古い。数値目標や標準化された人事考課シートなどでは評価できない「ばかもの」は居場所を失った。

 契約社員や派遣労働者という「よそもの」を増やしたという意見があるかもしれない。しかし「よそもの」が価値を生み出すのは、コミュニティーの構成員として認められた存在になってからだ。モジュール化された仕事をこなすだけの安い労働力という通りすがり的「よそもの」がいくら増えてもイノベーションが生まれることはない。


■「住みやすい」地域と会社に忍び寄る不安

 パラダイス鎖国という言葉を生み出した海部美知さんは、最初のブログエントリーで「日本はもう住みやすくなりすぎて、日本だけで閉じた生活でいいと思うようになってしまった」と書いている。確かにパラダイス鎖国は住みやすいかもしれないが、鎖国の閉塞感と停滞感によって将来に対する漠然とした不安感が忍び寄る。

 前回のコラムで紹介した徳島県上勝町の葉っぱビジネス「いろどり」の横石知仁副社長の著書「そうだ、葉っぱを売ろう!」には、町がパラダイス鎖国だった頃のエピソードが紹介されている。

 いろどりの横石氏が20歳で上勝町に赴任した時、町の男衆は昼から酒を飲み、補助金や役場、農協への悪口を言い続け、「お前は何をしてくれるんな」と行政に要求ばかりしていたという。補助金のおかげでそこそこ食べられるが、農業収入は先細り。母親たちは「あんたも勉強せんかったら、この町にずっと住むことになるんでよ」と子供たちに言い、町を出て行くことを期待していた。

 このような光景は「うちの会社はダメだ」と、延々とタバコ部屋や居酒屋で語り合うサラリーマンの姿にも重なる。そこに誇りはあるのだろうか。


■2枚目の名刺を持つ人が増えた

 パラダイス鎖国で排除された「よそもの・わかもの・ばかもの」は、ネットによってつながろうとしている。最近、あるシンポジウムで「名刺を複数持っている人が増えていませんか」という話題になった。ブロガーのオフ会に行くとブログのハンドルネームの名刺をもらうことがあるが、それ以外でも名刺交換した際に「実はこんなこともやっていまして」と2枚目の名刺を差し出される機会が増えた。友人たちと始めたという企業やNPO、大学院生、さまざまな所属先と肩書きがある。

 以前であれば、サラリーマンは会社、専業主婦の妻であれば地域といったように、人は所属するコミュニティーとほぼ重なり合っていたため、名刺は1枚で済んだ。ネットは新たな出会いを生み出し、組織や場所を超えて様々なコミュニティーとつながることを可能にした。これが複数の名刺につながっているのではないか。

 ブログであれば検索エンジンが、ミクシィであればコミュニティーが同じ興味、関心を持つ人をつなげてくれる。大手町ビジネスイノベーションインスティテュート(OBII)の新潟合宿に参加してくれた県職員もウェブでイベントを知ったという。

 私自身も、ブログやSNSで多くの人と出会えた。数年前に徳島から東京に引っ越したが、SNSやブログがあることで徳島の友人たちの動向は以前より詳しく知っているほどだ。

 一方、月に数度帰る徳島では近所の人たちと挨拶を交わして顔も知っているが、東京で住む町のコミュニティーとは断絶している。こうなってくると、私はどのような地域と強くつながりを持っているのか、従来の考え方では捉えきれなくなってくる。地域というのは、もはやコミュニティーの一つでしかなく、そのコミュニティーの輪郭すらぼやけている。


■組織が変わるにはオープン化が必要

 このような状況をNTTドコモ・モバイル社会研究所の遊橋裕泰主任研究員は「ハイブリッドコミュニティ」という概念で表現している。個人を軸に家庭や地域社会が同心円状に広がる社会から、職場や家庭、地域、ネットといったコミュニティーが個人を軸にリンクした社会概念に変化しつつあるというわけだ。そして、その可能性を生かしきれずに、旧来のパラダイムとコンフリクトを起こしていると指摘している。

 2枚目の名刺を出すときに「会社の人に知られると面倒で……」と付け加える人がいる。ハイブリッド化した社会では個人が軸の中心であるため、個のあり方、アイデンティティーが問われることになるが、その個性はまだ既存組織とコンフリクトを起こすことを知っているのだろう。

 イノベーションを起こすためには、旧来のパラダイムにしがみついているわけにはいかない。「よそもの・わかもの・ばかもの」を活用するために、地域や組織はオープン化を進め、求心力を高めていかなければならない。パラダイス鎖国の「緩慢な死」から逃れるためには、新たな構造と思考が求められている。(2007.9.28/日本経済新聞)

by fbitnews2006-6 | 2007-09-28 09:25 | インターネット総合  

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