テレビ関係者は「初音ミク」を侮ってはいけない

 CGM(Consumer Generated Media)というキーワードが一時期もてはやされたが、テレビ局や大方の映像関係者の予想と期待通りに、従来の映像メディアを脅かす存在とは言えないのが現状だ。ところが、CGMは常に着実に進化を続け、テレビ局安泰の理由の一つである「映像制作の敷居の高さ」を揺るがしはじめそうなのである


■アニメ声で楽曲のヴォーカルパートを制作できる「初音ミク」




 「初音ミク」をご存じだろうか。これはヤマハの開発した音声合成ソフトウエア「VOCALOID」を利用した音源ソフトウエアであり、同名のキャラクターがバーチャル歌手として設定されている。VOCALOIDは、公式ページによると「コンピュータ上で歌声のパートの旋律と歌詞を入力すれば、そのまま楽曲のヴォーカルパートを制作することができる歌声合成ソフトウェアです。実際の人の歌声から収録したデータベースである『歌声ライブラリ』を用いて合成を行うため、元の歌声の性質が残り、リアルな歌声の合成音を得ることができます」というものだ。

 初音ミクは実際の声優の声をサンプリングした音源を使用しており、かつ今回はアニメキャラ用の設定のために、人工的な不自然さを逆に効果的にすら感じさせる再現力がすばらしい。

 だがテレビ関係者が侮ってはいけないのは初音ミクやVOCALOIDそのものではない。




■分業体制が確立し、個人では難しかった映像制作だが

 筆者も長年携わってきたのでかなり断言できるのは、映像制作というものは個人レベルで行うのは相当敷居が高い。企画、撮影、編集、テロップ(字幕)入れ、音楽、ナレーションといった一連の制作プロセスがあり、個々のプロセスもそれなりの能力や技術が要求される。お父さんが撮影した運動会ビデオを見せられる苦痛は誰でも経験があるだろう。

 プロの世界であってもこれらを1人でこなせる人は極めて少数であり、分業体制が確立している。企画者、台本作家、カメラマン、照明、音声、ヘアメイク、スタイリスト、編集、選曲、ナレーターなどなど何十人という人間によって役割が分担されている。

 動画CGMが注目されたきっかけはYouTubeだったが、著作権的にクリアでない映像が次々にアップロードされ、権利上問題のない映像はほんの一握りであった。自作映像が少ないのは当然の話で、先ほど述べたように映像制作はシロウトさんに易々とこなせる芸当ではないのだ。そこにテレビ関係者は相当の自信を持っていることは以前の本コラムで指摘した。




 ところが、状況が一変しつつある。 ニコニコ動画などにより素人による分業体制が確立されつつあるのだ。ニコニコ動画はアップロードされた映像に対して、オンライン上から字幕を入れるというものだ。プロの映像制作プロセスの中ではほんの一部分であるが、入れる字幕一つで映像の印象が全く変わるために効果がわかりやすく、誰でも参加しやすい。お父さんのブレブレ運動会映像もそこに挿入される文字によっては突然輝き出すことがある。

 ニコニコ動画では動画は「別の所にある既存のもの」を対象としている。この「素材」となる動画を制作するための音楽、ナレーション入れという制作プロセスに、先ほどの「初音ミク」が強力なツールとなっている。

 ニコニコ動画で見られる「初音ミク系コンテンツ」を先ほどの制作プロセスごとに見ると、企画は音楽ビデオもの。構成はオリジナル楽曲もあるが多くは既存楽曲でほとんどが無許諾。役者は初音ミクのキャラクター、編集の一部である字幕入れをニコニコ動画、音楽ナレーション入れの部分がソフトウエアとしての初音ミクという分業体制である。そしてこれらのすべてのプロセスがオンライン上で共有されていく。



■自分で映像を作りだすとテレビを見ている暇はもうなくなる


 これまでは撮影用のHD(ハイビジョン)ビデオカメラ、編集用のパソコンなどハードウエアが先行して進化し、価格も劇的に低下してきた。そこに編集や字幕、音楽やナレーションといった部分をソフトウエアが、それもオンライン上のサービスとして登場してくると、いよいよ動画CGMが扱いやすく現実味を帯びてくる。

 もちろんこれらが整備されたとしても、誰でもが動画で情報を出せるわけではない。しかし映像制作プロセスの一部分を切り出せば扱いやすさは飛躍的に向上する。それら各プロセスを共有しながら遊びながら制作していく。気がつくとあっという間に時間は過ぎてしまいテレビを見ている暇はもうないし、こうして作られた映像を見ていても結構おもしろい。

 映像制作上の各プロセス用サービスは今後も続々登場するだろう。しかしビジネス的にはそれぞれのプロセスだけで収益を確保していくのは簡単ではない。これらを継続的、安定的、計画的に行えることができればビジネスとして大きくなるのだが、おそらくそれはこれまでのマスメディア的発想なのだろう。困ったことに分担共有されるプロセスを誰かがコントロールしようとすると一気に魅力が低下してしまう可能性が高い。

 映像を扱うという点ではテレビもCGMも同じように見えるが、CGMはメディアというよりは、みんなで遊んでいじり倒すという点でゲームやSNSに近い。生活者がゲームに続いて映像関連の遊び道具やコミュニケーションツールを手に入れようとしている点をテレビ局は察知するべきだ。このままではテレビに振り向けてくれる時間はどんどん減少していくことになりかねない。
(2007.10.4/日本経済新聞)
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by fbitnews2006-6 | 2007-10-04 10:58 | 周辺機器  

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