“ユーチューブ上院議員”も誕生した

米国「ネット」選挙事情
インターネットを制する者が選挙を制する

 自民党総裁選挙に3人の候補者が出揃ったことで、皆さん総裁選がらみの情報を毎日目にしているだろう。しかし、情報を得る媒体としては、テレビ、新聞、雑誌といったマスメディアが中心だと思う。今回の総裁選は自民党内の選挙だが、国政選挙の場合でも、インターネット上で流通している情報が原因で投票行動が左右されることは少ないだろう。それに、日本ではインターネットを情報発信の戦略的手段として捉えている候補者や支援団体はまだ少ないはずだ。

 この背景としては、公職選挙法によりインターネットを活用した選挙運動に様々な規制が存在するという面もあるし、いわゆる2大政党制ではないなどの政治的環境ゆえに、インターネット上での議論を盛り上げることが難しいという要素もあるだろう。

 従って、よその国での新たな動きがそのまま日本に上陸することにはならないだろうが、貪欲なまでにインターネット上のあらゆる手段を駆使している米国の選挙キャンペーンについて紹介したい。


多額の政治献金をネット経由で集める

 米国では、1992年の時点で、民主党の大統領候補予備選挙において初めて電子メールによる選挙運動を行なった候補者が現れている。96年の大統領選挙では、インターネット選挙運動を行なう候補者が急激に増え、ほとんどの候補者がホームページを開設している。そして、2000年の大統領候補指名のプロセスでは、多額の政治献金をインターネット経由で集めた候補者が注目を集めた。

 米国では、選挙運動の手段として、ホームページ、ブログ、電子メールなどのインターネット技術を利用することに特段の規制はない。唯一、連邦選挙運動法(FECA)において、インターネットを利用した選挙資金の取り扱いに関して規制が課せられる場合があるだけである。実際、2000年にインターネット経由での資金集めが話題になったのは、同法によりインターネット上でのクレジットカード決済が認められたからだ。
インターネットを選挙キャンペーンの重要な手段として位置付け、最も有効活用したのは、2004年の民主党大統領候補指名プロセスで登場したディーン元バーモント州知事である。ディーン氏は、全国的には無名で資金力も乏しかったにもかかわらず、ブログを通じて市民の支持を拡大し、4000万ドルもの選挙資金を集めた。

 そして、ブログに書き込まれた有権者のアイデアを尊重し、インターネットを通じて地域のミニ集会の開催を呼びかけ市民を動員していく「ミートアップ」という手法を採ったことでも人気を呼んだ。このディーン氏の行動以来、数百万人規模の電子メールアドレスを入手し、相手方陣営の批判も含めてホームページのコンテンツを充実させ、多額の政治献金をインターネット経由で集めることが、選挙キャンペーンの際の常套手段となっていった。


“ネットルーツ”現象広がる

 最近の選挙運動では、「ネットルーツ」(「グラスルーツ=草の根」の造語)現象と呼ばれるインターネットを活用した市民運動が注目されている。話題となったのは、先月行なわれたコネチカット州の民主党予備選挙である。現職のリーバーマン上院議員に対して戦いを挑んだのは、ビジネスマンである新人ネッド・ラモント氏。

 今回の「ネットルーツ」現象に大きな役割を果たしたのが、ムーブオン(MoveOn.org)やデモクラシー・フォー・アメリカと呼ばれるインターネット上での政治活動サイトである。ムーブオンとは、クリントン元大統領のスキャンダル問題発覚の際に、米国が直面している重要な問題に議論を移そう(Move On)という趣旨でシリコンバレーの起業家夫婦が始めたものだが、今では300万人もの会員を抱えている。

 ムーブオンは、選挙候補者の支援だけでなく、以前にここで紹介した「ネットワークの中立性」のようなインターネット政策上のアドボカシー活動も行っている。ラモント氏は、これらの政治サイトから支持を受けることで、数百人規模のボランティアの支援を得た。

 インターネット・キャンペーンを担当するボランティアは、米ソーシャル・ネットワーキング・サイト大手のマイスペース(MySpace)内にラモント氏の紹介ページを設けたり、米動画投稿サイトのユーチューブ(Youtube)内にラモント氏のグループ・ページを設け、リーバーマン氏の業績や振る舞いを酷評するビデオ(特に、ブッシュ大統領が同氏にキスしているシーン)を投稿したりした。

また、8月8日の予備選挙当日に、リーバーマン氏の公式ホームページ(Joe2006.com)がアクセス不能になるというハプニングもあった。この原因は、ネットルーツ運動の一環としてサービス拒否攻撃(DOS攻撃)が仕掛けられたという説もあるが、単にホームページを開設するための料金を選挙当日分まで支払っていなかったからという説もあるようだ。

 結果的には、ネットルーツ運動が功を奏して、新人ラモント氏が元副大統領候補でもあった有力議員リーバーマン氏に勝利した(イラク問題などに対するリーバーマン氏の政治的な姿勢がもたらした敗因の分析は他の専門家に譲りたい。その後、同氏は無所属での立候補を表明)米マスメディアは、ラモント氏を「ユーチューブ上院議員」と囃し立てた。


テレビCMに投じる資金が無くても戦える

 このラモント氏とリーバーマン氏の事例以外にも、上下院議員、州知事、市長などのあらゆるレベルでインターネット技術を活用した選挙運動が進行中だ。これまでよく見られたディスカッション・グループ(Yahoo Groupsなど)やブログの活用は勿論のこと、マイスペース以外のソーシャル・ネットワーキング・サイト(FacebookやFriendstar)、写真共有サイト(Flickr)、ポッドキャスト(Townhall.com)など、あらゆるインターネット上のサービスを駆使している。

 私は、最近のインターネット活用の効果は、2004年のディーン氏の時代のものとは質的に異なる点があると思う。1つは、インターネット技術とブロードバンドの普及により、テレビCMを製作する資金がなくとも、誰もが音声や映像を駆使したリッチなコンテンツを製作し(ユーザー・ジェネレイティッド・コンテンツ:UGC)、視聴覚的に大衆に訴えかけることができるようになったという点。そして、2つ目は、ブログのコメントやトラックバック、ソーシャル・ネットワーキング・サイトの友人ネットワーク化機能、写真共有サイトのタグ技術などによって、候補者と支援者、また、支援者どうしの連帯感を急速に高めることができるようになったという点だ。
インターネットを利用した政治運動やアドボカシー活動の促進を呼びかけている超党派の団体イー・ボーター・インスティテュート(E-Voter Institute)が、2008年の大統領選に向けて調査したレポート(Web-Based Political Communications on the Road to 2008)によれば、選挙キャンペーン予算の2割以上をインターネット関連活動に投入している組織の割合は、2006年では12%、2008年には32%に増加すると予測している。米国では、ますますインターネットを利用した選挙キャンペーンが盛んになるだろう。

 今回の自民党総裁選の候補者それぞれの公式ホームページを見ると、ほとんど文字情報が中心である。動画や音声での情報配信を試みている候補者もいるが、そのコンテンツはまだ寂しい限りである。2ちゃんねるでは総裁選に関する活発な板もあるようだが、日本人のユーザーも多いユーチューブ上で3人の候補者それぞれの名前で検索しても、まともなコンテンツは投稿されていない。米国のように対戦相手を徹底的に攻撃するような過激な選挙キャンペーンもどうかと思うが、日本でももっとインターネットを活用した活発な選挙運動がなされてもいいのではなかろうか。

(2006.9.14/日経ビジネス オンライン)
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by fbitnews2006-6 | 2006-09-14 16:12 | インターネット総合  

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